毎日毎日生まれたい。

2014年8月17日

もみじ「この苦界から……あたしが解き放たれるのは……死ぬときだわ……」

一休 「もみじ……! もみじ! 人は皆、いつか死ぬ……。だがな、たいがい、人は産まれてほどなく、生きながら死んでしまう! 私は毎日毎日生まれたい!」

もみじ「……生まれたい……?」

一休 「ウム、もみじ! 毎日毎日生まれるのだ!!」

もみじ「毎日毎日……」

一休 「生まれるんだ!!」

 

(『あっかんべェ一休』(下巻) 坂口尚著 講談社漫画文庫 より抜粋)

 

 

 

昨日の朝、このブログで、「壊れることは創造への前哨戦。別に悲しむべきことじゃない。」みたいなことを書いたら、運命さんの方から、「お? そうかい? んじゃ、ちょっと試してみるかい? それっ!」ってなもんで、その数時間後、私の身に「破壊」というジャンルに属するとある事件が勃発し、(具体的になにがあったのかは書きませんが、そうだなあ……迎えに来ると思っていた船が、実はすでにほかの誰かを迎えに行っていた、みたいな……。あ、私の元に来る予定は最初からなかったのね? そうなのね!? ということが発覚した、みたいな……。ははは、これじゃわかりませんね。ちなみに失恋ではありません。んん、いや、まあ、失恋みたいなもんか。)ちょっと、っていうか、かなり、ショックを受けていた。

 

その場では意外に冷静な自分がいたが、事件現場から一駅行ったところにあるカフェに入って、椅子に腰かけ、一息ついた、その瞬間。涙があふれて止まらなくなってしまった。ずっとずっと心の中で大切にあたためていた希望が、ほとんど強引にもぎ取られてしまった。急には立ち直れない。ど、ど、どうしよう……!?

 

人目もはばからず、えーんえーん、と泣いた。いや、そんな綺麗な泣き方じゃない。もっとこう、「ぶえ~ん」「うぐっ」「ぐえっ」「ぶひ~」という感じか。なんというか、濁音めちゃめちゃ多用してる感じ。汚い感じ。まあ、とにかく泣いたんですね。泣きました。カフェのお姉さんが心配しておしぼりを追加で持ってきてくれるぐらい。隣のテーブルでお母さん相手に駄々をこねていた小学生男子も黙るぐらい。抑えられなかった。

 

でも、数分思いっきり泣いたところで、ふと、冒頭に挙げた、漫画の中の一休さんの言葉を思い出したのでした。

 

 

 

「毎日毎日生まれるのだ!!」

 

 

 

ああ、そうだった……。そう言えばそうだった。

 

人は毎日、毎時、毎分、毎秒生まれ変わることもできるのだった。自分が、「いま」、どの感情を味わうのか、それは自分で選べるのだった。

 

一秒前に起こったことと、「いま」の自分の感情は、本当はひとっっっつも関係ないのだった。

 

そうだそうだ、そうだった、そうだったじゃん……!

 

 

 

持ってきてもらったおしぼりで涙をぬぐい、はなをかみ(汚くてすみません)、コップのお水を一口飲んで深呼吸……。

 

 

 

「毎日、毎時、毎分、毎秒、生まれるんだ!!」

 

「私は、この瞬間、新しく生まれたんだ!!」

 

 

 

心の中でそう叫んで、背筋を伸ばし、胸を張り、辺りをぐるりと見渡してみたら……

 

 

 

なんか、抜けた。というか、死んだ。それまでの自分が。「希望」にしがみついて生きていた自分が。そして、まったく新しく生まれ変わった。

 

 

 

まっさらな私がそこにいた。

 

まっさらな世界がそこにあった。

 

 

 

もう、なんというか、「すっきり」のレベルを超えていた。「さっぱり」なんて言葉じゃ足りないぐらい、まったくもって新しい世界がそこには展開されていた。見るもの、触れるもの、聴こえるもの、すべてが新鮮な驚きを持ってこの身に迫ってきた。

 

 

 

生まれ変わりは、あまりにも、簡単だった。

 

 

 

心臓が、どくどくいっていた。なんだか暑くなって、汗も出てきた。目が見開かれていくのが分かった。

 

生まれ変わった私が、またいちから生き直すことを決意した瞬間だった。

 

そうしたら、私を泣かせたその「ストーリー」が、自分自身から完全に切り離された。

 

時間は、本当に幻想なのだった。

 

 

 

 

 

人はたぶん、本当はいつだって、死んで、また生まれ変わっている。肌も、脳も、肉も、骨も、細胞レベルでは常に入れ替わっている。死んで、生まれて、続いて、また死んで、生まれて、続いて、また死んで……。

 

毎日、毎時、毎分、毎瞬、生まれ変わっている。

 

続いているのは「記憶」だけ。脳みその中の、実体のないストーリーだけ。

 

それだって時とともに必ず移ろいでいく。

 

この物質界ではすべてが無常。不変なのはその真理だけ。

 

 

 

「いま生まれた!」は、どうしようもなく、事実だった。

 

選ぶか選ばないかは自分次第。そしてここには、選ぶ自由も、選ばない自由もある。

 

 

 

 

 

私は、毎日毎日生まれたい。

 

私は、毎日毎日、生まれている。

 

私は、いま、生まれました。

 

生まれました!!!