私が仏像を観る理由 その5(完結編)

2014年8月12日

その4 からの続きです。

 

 

 

呆然として、それでも三尊像からは決して目が離せないままでいる私に、お坊さんがやさしい口調で話かけてきてくださった。

 

「私はね、仏像いうのは、参考物件のようなもんだと思ってるんです。みなさんがご自身の心と向き合うための『よすが』としての参考物件。」

 

ゆったりした動作で三尊像の方にお顔を向けながらお坊さんは続ける。

 

「この方々はね、みなさんそれぞれの心の中にいらっしゃるんですよ。人間、自分の心の中にないものは、見えないようになっていますからね。」

 

あ あ……そっか……。 お坊さんのその言葉を聞いた瞬間、何かがすっと腑に落ちた気がした。――自分の心の中にないものは見えない―― ならば、今私が見て いる、ただただやさしくてあたたかくてなつかしくて大きいもの、つまり愛は、私の心の中にもあるんだ。心の中にあるから、私はこれを知っていると思えるん だ。仏様は、どこか遠い世界にいる、手の届かない存在だと思っていたけれど、ああ、そうか、仏様は愛の象徴なんだ。それならば、私が愛を感じることができ る限り、仏様は、この心の中に、私の心の中に、ずっとずっと、いらっしゃるんだ……。

 

思った瞬間、涙がこぼれた。一粒こ ぼしてしまうともう止まらなかった。右の目から、左の目から、次から次へと溢れてくる涙に自分でもびっくりしつつ、しかし、私の心は、かつてない程に穏や かだった。ぼろぼろと涙をこぼしながら、あらためて阿弥陀三尊像を見上げる。涙でぼんやりとかすんだそのお姿に、今まで私が観てきた数多くの仏像が、重な る。仏様だけじゃない。今まで私に愛をくれた人、愛で包んでくれた人の姿が、重なる。それは家族だったり、友人だったり、かつての恋人だったり、親戚だっ たり、職場の人だったり、学生時代の先生だったり……。実際に私が直接会ったことがある人だけではない。たとえばそれは私の心がウキウキするような音楽を 届けてくれるミュージシャンだったり、テレビを通して私に笑いを届けてくれる芸人さんだったり、私の人生に深みを与えてくれる本を書いてくれる作家さん だったり……。そしてそこにはすでにこの世にはいない人もいた。そして、その全員が、私に向かって、やさしく笑いかけてくれていた。

 

ああ……みんな、仏様だ。みんな、やさしくて、あたたかくて、大きい。そして、みんな、私の心の中にいるんだ。生きている人も死んでしまった人も、私の心が彼らの愛を感じられる状態である限り、ずっとずっと、ここにいるんだ……。

 

強く生きていける。だってみんなが、私の心の中にいるんだから。たくさんの仏様が、私の心の中にいるんだから……。みんなみんな、仏様だ……。

 

かつてないほどのやさしくてあたたかい気持ちがふつふつと沸きあがってくるのを感じながら、私はその後も仏様を見上げて自然に手を合わせたまま、いつまでもいつまでも涙を流し続けた。

 

 

 

あ れからもう一ヶ月が経とうとしている。今思い返してみても、あのときの心理状態はかなり特殊であった。どうしてあんなに涙が流れたのか……文章にして整理 すれば少しはわかるかもしれないと思ったのだが、力が足りなすぎて、そもそも整理すらできなかった。それでも、あのとき、確かに私は、かつてないほど心安 らかだった。愛だなんて、口に出せば出すほど嘘臭いのだが、そしてそんな単語を口に出す自分が恥ずかしくてたまらないのだが、それでも、確かに、愛を感じ たのだ。そして、あのときのことを思い出すと、不思議と、やさしく、あたたかく、なつかしく、大きな気持ちになれるのだ。

 

奈良を一緒に旅した友人からこんなメールが届いた。

 

「旅 行、ほんと行って良かったです。ちょっと意識が変わったよ。(中略)信仰っていうのはこちらが心を開くことなんだね……。この旅の収穫でした。生きること はつくづく学びの場なんだなぁと思うよ……。あなたも私もだいぶ成長したよね。そしてまだ途中段階だね。いろいろありがとう。」

 

信 仰とはこちらが心を開くこと。どこか遠い世界にいる得体の知れない存在に盲目的に祈りを捧げることではなくて、その存在にすべてを任せることではなくて、 他人と交わることを通して、自分の心の中に仏様を、つまり愛を見つけること。そうやって自分の心の中に見つけた愛を信じること。そしてその愛を信じて、精 一杯この世を生きていくこと……。それが、私の、信仰だ。私が仏像を観るのは、そのお姿を通して、自分自身の心の中に、愛を見つけるためだ。

 

か つての私と現在の私がまったく同じであるわけではないように、今私が答えだと思っていることも、いつ、どんな風に形を変えてしまうかもわからない。けれ ど、今の私は、自分の心に、そしてきっとすべての人の心に、きっと仏様がいると、愛が宿っていると、そんな風に感じられる。今は、その愛を信じて、自分の 心を信じて、精一杯生きていくだけ。頑張りたいと思っていることを、頑張るだけ。ただ、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

長々お付き合いいただき、ありがとうございました。このシリーズは今回をもって終了です。明日から通常営業に戻ります。

 

……というか、明日書くことこそが本当の私の書きたいことです!笑

 

明日書くことを書きたいがために始めたシリーズだってこと、本人すら忘れかけていました……あはは。

 

ということで、いよいよ明日、「いま」の私が本腰入れて書きます。がんばりまーす。