Templeの成り立ちのこと

2016年12月2日

おはようございます。小出遥子です。

昨日の夜、Temple@神谷町光明寺というイベントを開催しました。
お越しくださった方、応援くださった方、ありがとうございました。
ゲストの栗生隆子さんも、ほんとうにありがとうございました。

Templeというのは、お寺というフラットな空間で、
娑婆での肩書き、役割をいったん横に置いておいて、
なにものでもないもの同士、誰のものでもない「いのち」の対話をたのしむ場です。
絶対的な正解も、納得感も求めず、
ただただ縁によって湧き起ってきたものを見つめる……。
これがTempleであり、そしてこれこそが、
実は、お寺の本来的な役割だったりするのかな、と。

Templeがこういう場になるとは、
実は、私自身、まったく明確に予想していませんでした。
「こういう場にしよう」と意図して作ったものではないのです。

昨日も、ある方に、「私はTempleという場が大好きなんですけれど、
これはいちから小出さんが作ったのですか?」と、
キラキラした目で問われたのですが、
私の答えは、「うーん……一応、そういうことになっていますけれど……」と、
なんとも歯切れの悪いもので。

いや、一応、私という人間がなんらかのアクションを起こしたことによって、
Templeという場がこの世に出現したことは事実なのですが、
でも、本人としては、どうしても「私が作りました」とは言い切れなくて。

Templeに関しては、ほんとうに、「私がやっている感」がないんです。
ぜんぶ、「いつの間にかこうなっていたんです」の世界。

私は、ただ、すべてを見ているだけ。

無数の縁の網目の中で、
Templeというプロジェクトがおのずから立ち上がってくるのを、
ただただ淡々と、それでも大変興味深く、そして大きな愛を持って見つめているだけ。

ほんとうに、そんな感じなんです。

そして、その成り立ち自体を、私は、愛しています。
ぜんぶ、これでよかったんだなあ、と、力みなく思えるのです。

……まあ、そうは言っても、一応「主宰者」としての責任はありますからね。
より、Templeが、Templeとしての精神をいかんなく発揮できるよう、
できる工夫は積極的にやっていこうと思っています。
昨日のイベント中に見えてきたあれやこれやも、
次回以降、しっかりフィードバックしていきますね。

今後とも、どうか、応援よろしくお願いいたします。

 

よい一日をお過ごしください◎