【YouTube】「さとりってなんですか?」「“なにものでもないいのちとしての自分”を思い出すことです」#248

2020年6月2日

「さとりってなんですか?」と問われたら、
「“なにものでもないいのちとしての自分”を思い出すこと」と答えます。

まあ、これでもすべてを言えているわけではないのですが、
(「さとり」は、そもそも、ことば以前の世界のお話だから)
あながち、的外れな回答でもないのかな、と。

なにものでもないいのちとしての自分……。

これって、実はぜんぜん特別な話なんかじゃなくて、
多くの人が、普段から、ごくごく普通に感じているものだと思うんです。

たとえば、私は、普段、自分を女だと思って生活していません。
かと言って、男だとも思っていません。
女でも男でもない、ただのいのちとしての自分を生きています。

また、私は、普段、自分の年齢を意識して生活していません。
誰かに年齢を聞かれたら、一瞬あたまで考えてから、
「36歳です(たぶん……)」と答えます。
あたまで考えるまで、36歳の自分なんか、どこにも存在していないのです。
何歳でもない、ただのいのちとしての自分がそこにあるだけです。

こういうこと、あなたにも覚えがありませんか?

私たちは、誰でも、「なにものでもないいのち」を生きている存在なんです。
「なにものかである自分」なんか、それぞれのあたまの中にしかいないんです。

あとね、これは内緒の話なんですけれど……。
私が感じている「なにものでもないいのちとしての自分」と、
これを読んでいるあなたが感じている「なにものでもないいのちとしての自分」は、
実は、まったく同じ、「ひとつ」としての「自分」なんですよ……。

私がこういうことを言うと、どこまでも「アヤシイ」話になってしまうのですが(涙)
これと同じことは、かの名著、手塚治虫先生の『火の鳥』にも描かれています。

ね? 少しは、信じてみたくなったでしょ……?(笑)

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