【YouTube】ご存知でしたか? 「メメント・モリ(死を想え)」とは、本来、「いまを楽しめ」という意味を持つことばだったそうですよ。「明日死ぬかもしれない」。だからこそ「歌い、踊り、遊んでしまおう!」と。#162

2020年4月19日

古代ローマでは、「将軍が凱旋のパレードを行なった際に使われた」と伝えられる。将軍の後ろに立つ使用人は、「将軍は今日絶頂にあるが、明日はそうであるかわからない」ということを思い起こさせる役目を担当していた。そこで、使用人は「メメント・モリ」と言うことによって、それを思い起こさせていた。

ただし、古代ではあまり広くは使われなかった。当時、「メメント・モリ」の趣旨は carpe diem(今を楽しめ)ということで、「食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから」というアドバイスであった。ホラティウスの詩には「Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.」(今は飲むときだ、今は気ままに踊るときだ)とある。

この言葉は、その後のキリスト教世界で違った意味を持つようになった。天国、地獄、魂の救済が重要視されることにより、死が意識の前面に出てきたためである。キリスト教的な芸術作品において、「メメント・モリ」はほとんどこの文脈で使用されることになる。キリスト教の文脈では、「メメント・モリ」は nunc est bibendum とは反対の、かなり徳化された意味合いで使われるようになった。キリスト教徒にとっては、死への思いは現世での楽しみ・贅沢・手柄が空虚でむなしいものであることを強調するものであり、来世に思いをはせる誘引となった。

(ウィキペディア「メメント・モリ」の項目より一部引用)

「死を忘れるために」歌い、踊り、遊ぶのではなく、
「死を想うからこそ」歌い、踊り、遊ぶのだ。

「死を想うからこそ」ほんとうの意味で、遊べるのだ。

遊ぼう。真剣に。
深刻に、じゃなく、真剣に。

私たちは、明日、死ぬ(かもしれない)のだから。

参考になればうれしいです。
チャンネル登録も、よろしければお願いします◎

★★★個人面談受付中。5月末まで半額キャンペーンやってます★★★
https://yoko-koide.com/information/#meeting