「人事を尽くして天命を待つ」ということばがあるけれど、
私たちが「人事」だと思っていることって、
ほんとうは、すべて「天命」なのだと思う。
私たち、ほんとうは、なにひとつ「選んで」なんかいないんだ。
思考を浮かべているのは私たちじゃない。
思考が、私たちに、浮かんでいるんだ。
感情や感覚を湧き上がらせているのは私たちじゃない。
感情や感覚が、私たちに、湧き上がっているんだ。
すべて、「ごく勝手に」あらわれては、「ごく勝手に」消えていく。
なにひとつ、「選べない」んだなあ……。
これって救いのない話だと思いますか?
私は、逆に、ここに究極の救いを見るのですが。
どこまで行っても仏の手のひらからこぼれ落ちることはない。
絶対的に、安心・安全な場所で、不安というおもちゃで遊ばせてもらっている。
選べないのだったら、せいぜいたのしみたいな、と思うのです。
そう覚悟できた人から、ほんとうの意味で、
「人事を尽くして天命を待つ」人生が送れるようになるのだと思う。
参考になればうれしいです。
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