ヒモトレはオープンソースでなければいけない

小出:ところで、先ほども養護学校の生徒さんがご自身でヒモの具合を調整し始めたっていうお話がありましたけれど、それって、逆に言えば、自分で調整していい、っていうことですよね? その、ヒモトレのいい意味での「ざっくり感」が、そのまま可能性の大きさをあらわしていると思うんですよ。たとえば、小関さんのご著書にも、両肩にゆるくタスキがけをするといいですよ、とか、おへその周りにゆるく巻くといいですよ、とは書いてあるんですけれど、そのゆるさがどの程度のものなのか、たとえば何センチぐらいあまらせればいいのかとか、あと、結び目をどこに持ってくればいいのかとか、そういうことはほとんど書かれていなくて。ほんとうに、必要最低限の情報しか載っていないんですよね。だからこそ自立が促される。実際に自分でやってみて、ほんとうに自分が心地よいポイントを探っていくということが必要になるから。

小関:iPhoneも説明書がないからいいわけですしね(笑)。ヒモトレの大切なところって、自分自身との対話にあるんですよ。本を読んできっちりその通りにするっていうんじゃなくて、自分で巻き方やゆるめ方を工夫することによってととのえていくっていうやり方なので。

小出:そこに主体性がないといけないんですね。

小関:そう。だから、さっきも言ったけれど、確かに僕はヒモトレの発案者だけれど、前に出過ぎちゃいけないというか、全体の一部でなければと感じるんです。

小出:「ヒモトレ発案者」という権威が前に出過ぎちゃうと、少なからず、「小関さんの言う通りにやらなきゃ!」みたいな意識が実践者側に芽生えてしまう可能性が出てきますものね。

小関:そういうことです。実は、ヒモトレも、ちゃんと公認インストラクターみたいな人たちを育てて組織化しようか、みたいな話もあったんですよ。でも、それだとヒモトレの大切な部分が損なわれてしまうから。ヒモトレ自体、自分自身の体感がないと成り立たないものなので。それに、たとえば僕が「こういう使い方をしてください」と言った瞬間に、無限の可能性が失われてしまう。だから、ヒモトレは、もう、ぜんぶオープンソースにしています。だから、僕もその一部でしかないんですよ。

小出:発案者の小関さんすら、ヒモトレを取り巻く縁の中の一部でしかない、と。

小関:僕自身、ヒモトレの実践者に、逆にたくさんのことを教えてもらったりしているんです。ああ、それ面白いですね、そういう使い方があるんですか、それってどういうことですか、みたいに。その方が発展性があるんですよね。

動いているものを、動いているままに、動きながら……

小出:すごく自由ですね。動いているものを、動いているままに、動きながら扱っている感じ。

小関:カラダって常に変化していますからね。動きを止めてしまうと、その瞬間から変質してしまうので。ただ自由であってもそれを取り留めているのがカラダの原則や前提かなと思っています。

小出:カラダに言えることは、そのまま自然のすべてにもあてはめられて。仏教にも「諸行無常」ということばがありますけれど、「ゆく河の流れは絶えずして」じゃないけれど、ほんとうに、すべては常に移り変わって行っているんですよね。河の水をせき止めたら、それはもう河じゃなくて単なる澱みになってしまって……。だからやっぱり、動いているものを、動いているままに、動きながら扱っていくっていうのは、なににおいても、理にかなったやり方なんでしょうね。というか、ほんとうはそれしか「やり方」はない。

小関:僕ら、自然の原則からは絶対に逃げられないわけですからね。

小出:ほんとうに。繰り返しになりますけれど、やっぱり、全体性そのものとしてのいのちを掴むことはできないんですよね。掴んだ瞬間に、すでに違うものになっているわけで……。だから、このTempleでの対話も「いのちからはじまる話をしよう」なんですよ。「いのちとは」という問いを設定した途端に、いのちそのものには肉薄できなくなってしまうというジレンマに陥るから。

小関:そうでしょうね。いのちや自然、カラダや全体性というのは、常に自分の知っている世界の先に見えてくるものですからね。

小出:だから常に未知に開かれていないと……。

小関:うん。それを経験したり、ああ、なるほど、って思ったりした瞬間に、もうその枠に閉じ込められてしまう。そういうことは言えますよね。

「いつも通り」ではなく「その日通り」で

小関:イチロー選手なんかは、やっぱり、そのあたりをよく理解されているんじゃないかと思いますね。人間誰しも歳を取っていきます。カラダは毎日変わっていく。スポーツ選手だって例外じゃない。っていうことは、ほんとうはフォームだって毎日変わっていいんですよね。というか、変わっていくのが当然なんです。

小出:そうですよね。……とは言え、なかなか毎日フォームを変える勇気は持てないですけれど(笑)。

小関:イチロー選手と言えば、面白い話があるんですよ。彼がメジャーリーグに行ってしばらくした頃、明らかにフォームが変わったときがあったんですね。バットを寝かせるようなスタイルになった。それで、記者の方が、「イチローさん、どうしてバットを寝かせたんですか?」と質問したら、彼はこう答えた。「いや、寝かせたんじゃないんです。寝たんです」って(笑)。

小出:すごい!(笑) 結果的に「寝た」んだ、と。

小関:そう。「こうした方が打てるかな?」という風に頭で考えて寝かせたわけじゃなくて、全体の流れを見つめていったら、結果的にフォームが変わっていたっていう。

小出:さすがですね……。縁の中で起きてくることにあらがわないでいると、確かに、そういう言い方しかできないようなことが起こってくるんでしょうね。それに似た話で、小関さんのご著書に面白いエピソードが載っていて。卓球の選手の方が、試合の前日に「いつも通りでがんばります」とおっしゃった、と。それに対して小関さんが「いつも通りはないから、その日通りでがんばってくださいね」と返されたっていう……。

小関:固定化されたものはないですから。試合に限らず、常に新鮮な感覚を持って生きていくっていうのは大事ですよね。そっちの方が、単純に、たのしいので。そのたのしさの中に、生きている意味みたいなものが見出されることもあるし。

小出:生きている意味ですか。

小関:もちろん、それすら過程の中で生まれてくるものなので、「絶対にこれだ!」っていうようなものではないですけれどね。それが変わっていく可能性を常に心に置いておきながら、それでもいま自分が思っていることを、自信を持ってやっていけばよいのではないでしょうか。

疑いのないところに「いい塩梅」はある

小出:いま目の前にあらわれているものだけが絶対じゃないということを知りながら、それでも瞬間瞬間を、深刻にではなく、真剣に、軽やかに生きていく、ということですね。瞬間ごとに完結しながら、しかもそこに閉じられていない。でも、本人には納得感がある。これこそが、さっき小関さんがおっしゃった「いい塩梅」の生き方なんでしょうね。

小関:うん。ほんとうに自分にとって塩梅のいい瞬間っていうのには、理由がないんですよね。もうそれだけでいいわけですから。だから、ほら、ちょうどいい湯加減のお風呂に入ったときには、ああ、気持ちいいなあ、とは思っても、なんでだろう? とは思わないじゃないですか。

小出:確かに(笑)。ああ、気持ちいいな~! 以上! 終わり! ですよね。

小関:逆に言えば、理由を探してしまうときっていうのは、自分にとって「いい塩梅」じゃないっていうことなんですよね。っていうことは、やっぱり、自分のカラダに注目しない限り、解決しないことって、実は結構あると思うんですよね。前提が変わらないとどうにもならないので。

小出:ほんとうにそうですよね。だから、まずはヒモトレなどで自分のカラダの全体性を知っていくこと。そこに対する信頼感を培っていくこと。そうしたら、カラダと自然はそのままひとつなので、知らない間に、「ただある」「すでにある」いのちへの大きな信頼感の中で生きていくことができるようになっていく。それがそのまま「生きる意味」に結びついていくこともあるでしょうし……。いや、ほんとうに可能性に満ち溢れたお話をお聞きできました。ヒモトレ、これからも続けてみます。小関さん、本日はほんとうにありがとうございました。

小関:ありがとうございました。

小関勲(こせき・いさお)

小関アスリートバランス研究所(KabLabo.)代表
バランストレーナー
マルミツ ボディバランスボード発案者 http://www.m-bbb.com/
平成12年度~15年度オリンピック強化委員委嘱(スタッフコーチ)
平成22年度~25年度オリンピック強化委員委嘱(マネジメントスタッフ)
日本体育協会認定コーチ。
東海大学医学部客員研究員・共同研究者
ヒモトレ®発案者

ボディバランスボードの販売をキッカケにオリンピック選手、プロスポーツ選手を中心にバランストレーニング、カラダの使い方を指導。
全国にて講演、講習会活動など幅広く活動している 。
2009年にバランストレーニングの一環としてヒモトレ®を発案し更に広い分野にて活躍の場を広げる。映画俳優、芸能人も多く愛用。
また医学的にバランス感覚がどのように影響を与えているか研究も行い情報を発信している。

著書に『[小関式]心とカラダのバランス・メソッド』(GAKKEN SPORTS BOOKS)、『ヒモ一本のカラダ革命 健康体を手に入れる!ヒモトレ』(日貿出版社)、『ヒモトレ革命 繋がるカラダ 動けるカラダ』(甲野善紀氏との共著/日貿出版社)、『ひもを巻くだけで体が変わる!痛みが消える!』(マキノ出版ムック)。

山形県米沢市在住。

Twitter:https://twitter.com/130koseki
Facebook:https://www.facebook.com/isao.koseki

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